「お客様からの要求だから断れない」
「社員が暴言を受けているが、どこまで対応すればよいか分からない」
「クレームとカスタマーハラスメントの違いが判断できない」
このような悩みを抱えている中小企業は、少なくありません。
2026年10月1日から、カスタマーハラスメントを防止するために必要な措置を講じることが、すべての事業主に義務付けられます。
大企業だけでなく、従業員数の少ない中小企業や個人事業主も、労働者を雇用している場合は対応が必要です。厚生労働省は2026年2月26日にカスタマーハラスメント防止指針を公布し、会社が講じるべき具体的な対応を示しています。
この記事では、中小企業が2026年10月1日までに準備しておきたい7つの対応を、分かりやすく解説します。
カスタマーハラスメントとは
職場におけるカスタマーハラスメントとは、次の3つの要素をすべて満たすものをいいます。
1.顧客、取引先、施設利用者など、会社の事業に関係する人が行う言動であること
2.その言動が、社会通念上許容される範囲を超えていること
3.その言動によって、労働者の就業環境が害されること
この3つすべてに該当する場合に、職場におけるカスタマーハラスメントと判断されます。
正当なクレームはカスハラではありません
顧客からの苦情や要望が、すべてカスタマーハラスメントになるわけではありません。
商品に不具合があった場合の返金要求や、サービス上の問題について改善を求めることなど、社会通念上許容される範囲の申し出は、正当なクレームです。
会社は、正当な申し出には真摯に対応する必要があります。
一方で、要求内容が正当であっても、暴言、脅迫、長時間の拘束、土下座の強要など、要求の方法が社会通念上許容される範囲を超えている場合は、カスタマーハラスメントに該当する可能性があります。
カスタマーハラスメントに該当する可能性がある行為
具体的には、次のような行為が考えられます。
・大声で怒鳴る、人格を否定する
・「殺す」「店をつぶす」などと脅す
・机をたたく、物を投げる
・社員に土下座を要求する
・長時間にわたり電話や面談を続ける
・同じ内容のクレームを繰り返す
・必要以上に社員の個人情報を求める
・社員の容姿や性別について侮辱する
・SNSで社員の氏名や写真を公開すると脅す
・会社の責任を超える金品やサービスを要求する
・従業員の自宅や個人の連絡先へ接触する
・特定の社員を解雇するよう要求する
同じ言動であっても、回数、時間、場所、関係性、要求内容などによって判断が変わる場合があります。
そのため、現場の社員一人に判断を任せるのではなく、会社として一定の判断基準を設けることが重要です。
カスハラ対策が必要な理由
カスタマーハラスメントを放置すると、社員の心身に大きな負担がかかります。
被害を受けた社員が、仕事への意欲を失ったり、休職や退職に至ったりする可能性もあります。
また、対応する社員によって判断が異なると、顧客対応の混乱や問題の長期化につながります。
厚生労働省も、ハラスメントは労働者の能力発揮を妨げるだけでなく、会社にとっても職場環境の悪化、業務への支障、人材の損失、社会的評価への悪影響につながる問題であると説明しています。
特に人手の限られた中小企業では、一人の社員が休職・退職する影響は小さくありません。
カスハラ対策は、単なる法改正への対応ではなく、大切な社員と会社を守るための仕組みづくりです。
中小企業が準備すべき7つのこと
1.カスタマーハラスメントを許さない方針を明確にする
まず、会社としてカスタマーハラスメントを許さないという方針を明確にします。
方針には、次のような内容を盛り込みます。
・カスタマーハラスメントから社員を守ること
・社員一人に問題を抱え込ませないこと
・正当なクレームには誠実に対応すること
・悪質な言動には組織として対応すること
・必要に応じて警察や弁護士などの外部機関と連携すること
方針は、就業規則、社内規程、カスハラ対策方針、社員向けマニュアルなどに記載し、全社員へ周知しましょう。
ホームページや店舗内に、顧客向けの方針を掲載する方法もあります。
方針文の例
当社は、お客様からいただくご意見やご要望を、サービス改善のための大切な機会と考え、誠実に対応します。
一方で、暴言、脅迫、長時間の拘束、不当な要求など、従業員の尊厳や安全を害する行為については、従業員を守るため、組織として毅然と対応します。
悪質な行為が継続する場合には、対応を終了するとともに、必要に応じて警察、弁護士その他の関係機関へ相談します。
2.相談窓口と報告ルートを決める
社員がカスタマーハラスメントを受けたときに、すぐ相談できる窓口を設けます。
相談窓口は、人事担当者、管理職、社長、外部相談窓口など、会社の規模に合わせて決めます。
重要なのは、窓口の名前だけを決めるのではなく、具体的な報告ルートを明確にすることです。
例えば、次のように決めておきます。
担当社員
↓
直属の上司
↓
カスハラ対応責任者
↓
社長・経営者
↓
警察・弁護士・社労士など
小さな会社では、社長が直接相談を受ける場合もあるでしょう。
その場合でも、社員が「この程度で相談してよいのか」と迷わないように、相談の基準を示しておくことが大切です。
相談者のプライバシーを保護し、相談したことや事実確認へ協力したことを理由に、不利益な取り扱いをしないことも周知する必要があります。
3.現場で使える対応マニュアルを作る
カスハラが発生してから対応方法を考えていると、現場の社員が混乱します。
電話、窓口、訪問先、メール、SNSなど、場面ごとの対応マニュアルを作成しましょう。
電話対応の例
1.相手の話を確認する
2.要求内容と事実を整理する
3.暴言などがあった場合は、やめるよう伝える
4.改善されない場合は、対応を終了する旨を伝える
5.上司や責任者へ報告する
6.日時、発言、要求内容を記録する
警告の例
「恐れ入りますが、暴言が続く場合には、これ以上対応することができません」
「同じご説明を繰り返しておりますので、本件についての対応は終了させていただきます」
「従業員の安全を確保するため、これ以上続く場合は警察へ相談します」
社員が自分の言葉で警告するのは難しいため、具体的な言い回しをマニュアルに記載しておくと安心です。
4.対応を中止・交代する基準を決める
「お客様だから最後まで対応しなければならない」と考え、社員が長時間の暴言や拘束に耐えてしまうことがあります。
しかし、社員の安全や健康が脅かされる状況では、対応を続ける必要はありません。
次のような基準を決めておきましょう。
・暴言をやめるよう伝えても改善しない
・脅迫や危害を加える発言がある
・同じ要求を繰り返している
・会社が説明できる内容をすべて伝えている
・一定時間以上の拘束が続いている
・担当者の精神状態に大きな負担が生じている
・退去を求めても施設から出ない
・物を壊す、暴力を振るうなどの危険がある
どの段階で上司に交代するのか、どの段階で電話を切るのか、どの段階で警察へ連絡するのかを具体的に決めます。
緊急性がある場合は、社員の安全確保を最優先にしてください。
5.記録を残す仕組みを整える
カスタマーハラスメントへ適切に対応するためには、記録が重要です。
次の内容を記録します。
・発生した日時
・発生した場所
・対応した社員
・相手の氏名や連絡先
・相手の要求内容
・具体的な発言や行動
・会社側が説明した内容
・上司への報告内容
・最終的な対応結果
・再発防止のために必要なこと
可能であれば、複数人で対応し、客観的な記録を残しましょう。
電話の録音や防犯カメラの活用については、個人情報やプライバシーへの配慮が必要です。録音・録画を行う場合は、利用目的、保存期間、管理方法、閲覧できる人などを社内で決めておくことが望まれます。
SNS上の書き込みやメールについては、削除される前に画面の保存や印刷を行います。
6.被害を受けた社員を保護する
被害を受けた社員に対して、「接客業だから仕方がない」「気にしすぎではないか」といった対応をしてはいけません。
会社は、社員から相談があった場合、事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者への配慮や再発防止措置を行う必要があります。
具体的には、次のような対応が考えられます。
・該当する顧客への対応から一時的に外す
・上司や別の社員が対応を引き継ぐ
・必要に応じて医療機関や相談機関を案内する
・休憩や休暇を取得させる
・担当変更や配置への配慮を行う
・社内で情報共有し、同じ社員が再び対応しないようにする
・継続的に本人の状態を確認する
被害を受けた社員に責任があるような言い方をせず、まずは安心して話せる環境をつくることが大切です。
7.管理職と社員への研修を実施する
規程やマニュアルを作っても、社員が内容を理解していなければ、現場では使えません。
管理職と一般社員の両方に研修を実施しましょう。
一般社員向け研修
・カスハラと正当なクレームの違い
・初期対応の方法
・一人で抱え込まないこと
・上司へ報告する基準
・記録の残し方
・身の危険を感じた場合の対応
管理職向け研修
・部下から相談を受けたときの対応
・事実確認の進め方
・顧客への警告や対応中止の判断
・被害を受けた社員への配慮
・経営者や外部機関へ報告する基準
・再発防止策の検討
厚生労働省は、カスハラ対策を進める際、顧客の心理や障害特性、認知症の症状などについて社員の理解を深めることも望ましいとしています。正当な配慮が必要な顧客と、社会通念上許容されない言動を適切に見分ける視点も必要です。
小さな会社こそ「社長に報告できる仕組み」が重要
中小企業では、社員と顧客の距離が近く、長年の取引関係があることも少なくありません。
そのため、社員が被害を受けても、
「大切な取引先だから言えない」
「社長に迷惑をかけたくない」
「自分が我慢すればよい」
と考えてしまう場合があります。
しかし、社員が一人で抱え込んだ結果、心身の不調や退職につながれば、会社にとっても大きな損失です。
経営者は、日頃から次のメッセージを伝えることが大切です。
「困ったら、すぐに相談してほしい」
「一人で解決しなくてよい」
「会社が組織として対応する」
「社員の安全を最優先にする」
カスハラ対策は、マニュアルだけでは完成しません。
社員が安心して声を上げられる、日頃の職場づくりが必要です。
就業規則への記載は必要?
カスタマーハラスメント対策について、必ず就業規則に独立した章を設けなければならないとは限りません。
ただし、会社の方針を明確にし、社員へ周知するためには、次のような方法が考えられます。
・就業規則にカスハラ対策を記載する
・ハラスメント防止規程へ追加する
・カスハラ対策方針を別に作成する
・相談窓口規程を見直す
・対応マニュアルを作成する
・顧客向け方針をホームページに掲載する
既存のパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントの規程がある場合は、相談窓口を共通化できることもあります。
一方で、顧客対応特有の判断基準や対応方法は、別途マニュアルとして整備することをおすすめします。
2026年10月までの準備スケジュール
2026年8月
・自社で発生しているクレームやカスハラ事例を確認する
・相談窓口と責任者を決める
・会社方針の案を作成する
2026年9月前半
・規程、方針、マニュアルを作成する
・対応中止や警察への連絡基準を決める
・記録書式を準備する
2026年9月後半
・管理職研修を実施する
・全社員へ方針と相談窓口を周知する
・顧客向けの掲示やホームページ掲載を行う
2026年10月1日以降
・相談内容や対応事例を記録する
・定期的にマニュアルを見直す
・問題が発生した場合は、再発防止策を検討する
カスハラ対策チェックリスト
次の項目を確認してみましょう。
□ カスタマーハラスメントを許さない方針がある
□ 正当なクレームとの違いを説明できる
□ 社員が相談できる窓口がある
□ 相談を受ける責任者が決まっている
□ 上司への報告ルートが決まっている
□ 電話・窓口・訪問時の対応マニュアルがある
□ 対応を終了する基準が決まっている
□ 警察や弁護士へ相談する基準がある
□ 発言や対応内容を記録する書式がある
□ 被害を受けた社員を保護する方法が決まっている
□ 相談者のプライバシーを守る仕組みがある
□ 相談した社員を不利益に扱わないことを周知している
□ 管理職と社員へ研修を実施している
□ 顧客向け方針を用意している
□ 定期的に対応内容を見直す担当者がいる
一つでも未整備の項目がある場合は、2026年10月1日までに準備を進めましょう。
まとめ|社員を守ることは、会社を守ること
2026年10月1日から、すべての事業主にカスタマーハラスメント対策が義務付けられます。
中小企業が準備すべき主な対応は、次の7つです。
1.会社の方針を明確にする
2.相談窓口と報告ルートを決める
3.現場で使える対応マニュアルを作る
4.対応を中止・交代する基準を決める
5.記録を残す仕組みを整える
6.被害を受けた社員を保護する
7.管理職と社員への研修を実施する
お客様を大切にすることと、社員に我慢を強いることは同じではありません。
正当なご意見には誠実に対応しながら、社会通念上許容されない言動から社員を守ることが、これからの会社には求められます。
Lif社会保険労務士事務所では、愛知県豊川市を拠点に、東三河・西三河・遠州エリアの小さな会社を対象として、カスタマーハラスメント対策を支援しています。
・カスハラ対策方針の作成
・相談窓口と社内体制の整備
・就業規則やハラスメント規程の見直し
・現場で使える対応マニュアルの作成
・管理職研修、社員研修
・発生時の労務相談
「何から準備すればよいか分からない」
「取引先との関係を壊さずに社員を守りたい」
「社員が安心して相談できる仕組みをつくりたい」
このようなお悩みがありましたら、お気軽にご相談ください。
制度で会社を守り、対話で人を育てる。
Lif社会保険労務士事務所は、“小さな会社の人事部”として、社長と社員が安心して働ける職場づくりを支援します。
※本記事は、2026年8月2日時点で公表されている法令、厚生労働省の指針および公的資料をもとに、制度の概要を分かりやすくまとめたものです。実際に必要となる対応は、会社の業種、顧客との関係、事業形態、過去の発生事例などによって異なります。規程やマニュアルを整備する際は、厚生労働省、管轄の労働局または社会保険労務士へご確認ください。

